「社会人になってから大学へ進学するなんて遅い」──そう思っていた私が国立大学を目指した理由
「社会人になってから大学へ進学することはできるのだろうか。」
「社会人入試はどんな試験なのだろう。」
「国立大学にも社会人入試はあるのだろうか。」
私が25歳で国立大学を受験する前も、同じような疑問や不安を抱えていました。
私は中学卒業後、約2年間引きこもりを経験しました。
その後、個人経営のお弁当屋で4時間だけのアルバイトから社会復帰し、21歳で公立夜間定時制高校へ社会人入試で入学しました。
高校4年間は、昼は食品会社で働き、夜は学校へ通い、サッカー部や学級委員も務める毎日です。
決して楽な生活ではありませんでしたが、その4年間が私の人生を大きく変えました。
そして高校卒業が近づいた頃、私はもう一度、大きな決断をします。
「大学へ進学しよう。」
しかも、目指したのは国立大学でした。
当時の私は、「国立大学は現役高校生や浪人生が一般入試で入るもの」というイメージしかありませんでした。
ところが調べてみると、定時制高校へ社会人入試があったように、大学にも社会人を対象とした入試制度があることを知ります。
「もしかしたら、自分にも挑戦できるかもしれない。」

その思いが、新たな一歩につながりました。
この記事では、私が1990年代後半に社会人入試で国立大学(経済学部経営学科)へ進学した実体験をもとに、
- なぜ25歳で大学進学を決意したのか
- 社会人入試で実際に受験した3大学の試験内容
- 小論文や面接の対策方法
- 実際に聞かれた面接の質問
- 合格発表の日のこと
- 社会人入試で感じたこと
について、できる限り詳しくお伝えします。
現在では募集要項や試験内容が変更されている大学もありますが、「社会人入試の雰囲気」や「実際に受験した人の体験談」として参考になれば幸いです。
なぜ25歳で大学へ進学しようと思ったのか
大学進学を考え始めた頃、私は食品会社で働きながら夜間定時制高校へ通っていました。
高校へ入学するタイミングで、お弁当屋の店長の紹介により、お弁当屋へ食材を卸していた食品会社へ転職しています。

転職した理由は二つありました。
一つは、仕事が17時頃に終わるため、夜間定時制高校へ通いやすかったこと。
もう一つは、当時としては時給が高く、学費を自分で払いながら学校へ通える環境だったことです。
昼は冷凍倉庫で働き、夜は高校へ通う生活は決して楽ではありませんでした。
それでも、その4年間で私の考え方は少しずつ変わっていきます。
「料理を作る仕事」から「経営する仕事」へ興味が変わっていった
社会復帰したばかりの頃、私の目標は調理師になることでした。
実際、お弁当屋で働きながら調理師免許も取得しました。
ところが、仕事を続けるうちに興味は少しずつ変わっていきます。
仕込みや調理だけではなく、
- メニューの考案
- 在庫管理
- 食材の発注
- 原価
といった仕事に関わる機会が増えたからです。
さらに食品会社へ転職すると、「商品がどのように流通し、利益が生まれるのか」という仕組みにも興味を持つようになりました。
- 「どうすれば売れるのか。」
- 「商品はどうやって企画されるのか。」
- 「会社はどのように利益を出しているのか。」
調理そのものよりも、商品企画やマーケティング、経営、経理といった仕事に惹かれるようになっていったのです。
高校へ入学する前までは、「勉強は嫌い」という気持ちしかありませんでした。
しかし、仕事と結び付いた学びは不思議と面白く感じました。
「もっと知りたい。」
その気持ちが日に日に強くなっていきます。
本当は公務員になりたかった
もう一つ、大学進学を考えた理由があります。
それは、公務員になりたいという思いでした。
当時は年齢制限もあり、現実的には難しい状況でしたが、「人の役に立つ仕事がしたい」という気持ちはずっと持っていました。
一方で、「食」に関わる仕事も続けたいという思いもありました。
そこで興味を持ったのが、フードビジネスです。

飲食店や食品会社を経営という視点から学びたい。
商品企画やマーケティングについて体系的に学びたい。
そう考えるようになり、最終的に経済学部経営学科を目指すことを決めました。
高校の先生が本気で応援してくれた
大学進学を決意した頃、高校では進路希望調査が行われました。
私は迷うことなく、「大学進学希望」と書いて提出しました。
それを見た担任の先生は、とても喜んでくださいました。
それからというもの、受験の相談に何度も乗ってくださり、大学選びや出願について一緒に考えてくださいました。

さらに驚いたことがありました。
社会人入試では提出が義務付けられていないにもかかわらず、担任の先生が校長先生へ相談し、高校から推薦状を書いていただけることになったのです。
受験に必須の書類ではありません。
それでも、「応援したい」という先生方の思いが伝わってきました。
食品会社でも、職場の推薦状を書いていただきました。
振り返ると、大学受験は決して一人だけの挑戦ではありませんでした。
お弁当屋の店長、高校の担任の先生、校長先生、そして職場の上司。
多くの方々が私の挑戦を支えてくださいました。
だからこそ、「絶対に結果を出したい」という思いは、定時制高校を受験した21歳の頃よりも、はるかに強くなっていました。
次章では、社会人入試で実際に受験した国立大学と私立大学3校の試験内容や、出願時に提出した書類について詳しくご紹介します。
社会人入試で国立大学へ進学した体験談|25歳で経済学部へ入学するまで
社会人入試で受験した大学は3校。結果はすべて合格だった
大学受験を決意した私は、国立大学1校と私立大学2校、合計3校を受験しました。
結果は、
- 地方国立大学(経済学部経営学科)……合格
- 私立大学(農学部・特待生)……合格
- 私立大学(経営学部)……合格
という結果でした。
もちろん、一番の目標は国立大学です。
学費を考えると、働きながら進学する私にとって国立大学は大きな魅力でした。
一方で、「もし国立大学がだめだったら」という不安もありました。
そのため、学びたい分野が近い私立大学も受験することにしました。
今振り返ると、「国立大学しか受けない」と選択肢を狭めなかったことが、精神的な余裕につながっていたように思います。
社会人入試で提出した書類
社会人入試では、一般入試とは異なり、学力だけでなく社会人としての経験も評価されます。
そのため、提出書類も一般入試より多くありました。
国立大学
提出した書類は次のとおりです。
- 入学願書
- 大学指定の職務経歴書
- 職場の推薦状
- 高校からの推薦状(提出必須ではない)
高校からの推薦状は、募集要項には記載されていない任意の書類でした。
それにもかかわらず、担任の先生が、
「せっかくなら校長先生にもお願いしてみよう。」
と動いてくださり、校長先生名で推薦状を書いていただけました。
受験に必須ではない書類にもかかわらず、先生方は「少しでも合格の可能性を高めたい」という思いで応援してくださいました。
先生方の期待に応えたいという気持ちは、受験勉強の大きな励みになりました。
私立大学
私立大学2校では、
- 入学願書
- 大学指定の職務経歴書
が主な提出書類でした。
高校時代に取り組んだ学級委員や部活動、成績なども総合的に評価されていたのではないかと思います。
社会人入試の試験科目は、小論文と面接だけだった

3校とも試験科目は共通でした。
- 小論文
- 面接
一般入試のような英語や数学などの学力試験はありません。
その代わり、
- 社会人として何を経験してきたのか
- なぜ大学で学びたいのか
- 卒業後にどのような人生を歩みたいのか
といった、「これまで」と「これから」が重視されていたように感じます。
だからこそ、小論文と面接の対策には最も時間をかけました。
一番苦労したのは小論文対策だった
私が最も苦労したのは、小論文でした。
高校受験で経験した作文とはまったく別物です。
最初は何を書けばいいのかすら分かりませんでした。
そこで本屋へ行き、小論文対策の本を何冊も読みました。
その中で紹介されていた勉強法が、
新聞の論説記事を読み、
- 400字で要約する
- 800字で自分の考えを書く
という方法でした。
私はこれを高校4年生の春頃から受験本番まで、ほぼ毎日続けました。
学校の宿題を終えたあと、
夜遅くまで机に向かい、
新聞記事を読み、
要約し、
自分の考えを書く。
非常に地味な勉強です。
ですが、この積み重ねが本番で大きな力になりました。
面接対策は「ひとり徹子の部屋」

面接対策は、少し変わった方法で行いました。
私が勝手に名付けていた方法があります。
その名も、
「ひとり徹子の部屋」です。
まず紙に、
「聞かれそうな質問」
「自分ならどう答えるか」
を書き出します。
そして、
自分が面接官役になり質問し、
次に受験生役になって答える。
これを何度も何度も繰り返しました。
まさに一人二役です。
夜中に部屋で一人、
質問して、
答えて、
また質問して……。
今思えば、家族が見たら少し不思議な光景だったかもしれません。
それでも、この練習のおかげで、本番の国立大学の面接では、厳しい質問や想定外の角度からの問いかけが飛んできても、パニックになることなく、自分の言葉で落ち着いて受け答えすることができました。
社会人入試の面接では、暗記した答えを話すことよりも、その場で自分の考えを伝える力の方が重要です。
何度も声に出して練習したことは、間違いなく大きな自信につながりました。
国立大学の小論文は想像以上に難しかった
受験した3校の中で、一番難しかったのは国立大学でした。
試験時間は90分。
まず経済に関する論文を読み、
- 約800字で内容を要約する
- その内容を踏まえて約2,000字で自分の考えを論じる
という問題です。
合計すると約2,800字。
単なる感想文ではありません。
文章を正確に理解し、
要点を整理し、
自分の考えを論理的に組み立てる力が求められます。
90分で約2,800字を書くのは簡単ではありません。
ですが、高校4年生の頃から毎日続けていた「新聞記事を400字で要約し、800字で論じる」という勉強のおかげで、書くスピードと論理構成の型が自然と身についていました。
あの地味な積み重ねがあったからこそ、時間内に最後まで書き切ることができたのだと思います。
それでも試験終了後は、
「これは落ちたかもしれない。」
そう感じるほど難しい試験でした。
面接は約60分。社会人だからこその質問が多かった

国立大学の面接時間は約60分。
高校受験の面接とは比べものにならないほど長く感じました。
質問内容は、
- 志望動機
- なぜ経営学を学びたいのか
- 入学後も仕事を続けるのか
- 地元を離れて生活できるのか
- 卒業後はどのような仕事に就きたいのか
などです。
途中には少し厳しい聞き方をされる場面もありました。
当時は、
「圧迫面接なのかな。」
と思いましたが、今振り返ると、ストレスがかかった状況でも冷静に自分の考えを伝えられるかを見ていたのかもしれません。
一方、私立大学2校の面接時間は約30分。
志望動機や将来の目標を中心に、比較的穏やかな雰囲気で進みました。
大学によって雰囲気は違いましたが、どの大学でも共通して感じたのは、「社会人としてどんな経験を積み、大学で何を学びたいのか」が重視されているということでした。
合格発表で一番驚いたのは国立大学だった
3校とも合格発表はインターネットで受験番号を確認する方式でした。
国立大学の結果を見るときは、
「たぶん落ちているだろう。」
そう思っていました。
小論文も面接も、思うような手応えがなかったからです。
ところが、
画面には自分の受験番号が表示されていました。
何度も番号を見直しました。
「本当に自分なのか。」
最初は信じられませんでした。
うれしいというより、
驚きの方が大きかったことを今でも覚えています。
数日後、合格通知と入学手続きの書類が郵送で届き、そこでようやく、
「本当に国立大学へ進学できるんだ。」
という実感が湧いてきました。
高校卒業後は、食品会社から正社員として働かないかという話もいただいていました。
安定した就職という選択肢もありました。
それでも私は、新しい挑戦を選びました。
この決断が、その後の人生をさらに大きく変えることになります。
国立大学へ入学して最初に驚いたのは、年齢差をほとんど感じなかったこと

25歳で大学へ入学すると聞くと、
「18歳ばかりの中で浮いてしまうのでは。」
そう思う方もいるかもしれません。
私も入学前は少しだけ心配していました。
しかし、その不安は入学初日で消えました。
私が入学したのは夜間主コースだったため、学生の年齢層は非常に幅広かったのです。
- 18歳で経済的な理由から昼間働いている学生。
- 20代で働きながら学ぶ社会人。
- 30代で転職を目指している方。
- そして50代で会社を経営されている社長さんまでいました。
高校の定時制と同じように、年齢よりも「学びたい」という気持ちを持った人たちが集まっていました。
だから、「25歳だから浮く」ということは一度もありませんでした。
周りは頭が良すぎる…。大学の授業についていけるのか不安だった
一方で、学力の差には驚きました。
高校では学年3位以内を維持していました。
そのため、少しだけ自信もありました。
ですが、大学へ入学すると、その自信はすぐになくなります。
英語。
高校までの暗記型科目。
みんな本当に優秀でした。
私は社会人になってから勉強を始めたため、このような基礎学力では苦労しました。
反対に、安心した科目もあります。
経営学。
経済学。
マーケティング。
そして第二外国語として選択した中国語です。
これらは大学から本格的に学ぶ科目なので、全員が同じスタートラインでした。
仕事の経験もあったため、
「現場ではこういうことか。」
と実体験と結びつけながら学べたことは、大きな強みだったと思います。
毎週2000〜3000字のレポート。大学は高校とはまったく違った
高校まではテスト中心でした。
しかし大学では違います。
毎週のようにレポートが課されました。
文字数は2,000〜3,000字。
ビジネス書を読み、
内容をまとめ、
自分の考えを書く。
これが当たり前です。
私は昼間働きながら大学へ通っていました。
そのため、
休日。
仕事から帰宅した夜。
夜中の1時、2時まで。
4〜5日かけて1本のレポートを書いていました。
一方、同級生は3〜5時間ほどで書き上げてしまいます。
私は、
「自分は能力が低いのではないか。」
と本気で悩みました。
「時間がかかるなら、かければええやん」

そんな私を救ってくれたのが、1年生のゼミ担当の先生でした。
私は素直に相談しました。
「先生、レポートを書くのに何日もかかってしまいます。」
すると先生は笑いながら、
「それでええやん。」
と言いました。
先生は関西出身の方でした。
そして続けて、
「時間がかかるなら、かければええ。その分、ちゃんと考えて書いていることは読めば分かる。」
と言ってくださいました。
私はその言葉で肩の力が抜けました。
「最小の努力で最大の成果を出せなくてもいい。」
「自分のペースで努力すればいい。」
そう考えられるようになったのです。
結果として、講義の成績はほとんどがAかBでした。
この先生の一言は、大学生活だけではなく、その後の人生にも大きな影響を与えてくれました。
「褒めて伸ばす」先生との出会い

2年生になるとゼミの先生が変わりました。
東京大学大学院出身の先生です。
この先生のゼミは本当に厳しく、
毎週レポート。
毎週プレゼン。
さらに他の授業の課題もあります。
1か月でビジネス書を4冊読むことも珍しくありませんでした。
それでも、この先生は絶対に怒りません。
学生を否定することもしません。
まず褒める。
良い点を褒めて、
そのあと改善点を伝える。
私は昔から褒められると頑張れるタイプでした。
この先生のおかげで、
「もっと良いレポートを書こう。」
「もっと分かりやすく発表しよう。」
と前向きに努力を続けることができました。
今でも理想の教育者だと思っています。
卒業論文は規定の2倍を書いてしまった

3・4年生では卒業論文に取り組みました。
テーマは、
働いていた配送会社と競合企業との競争優位について。
経営戦略論をベースに分析しました。
参考文献は50冊以上。
規定は約2万字でした。
ところが私は書き続けるうちに、
約4万字になってしまいました。
仮提出後、
先生から呼び出されました。
「字数オーバーで怒られるのかな。」
そう思いながら研究室へ向かいました。
ところが先生は笑顔で、
「今まで何人も卒論を見てきたけど、規定の2倍書いてきた学生は君が初めてだよ。」
と言いました。
怒られるどころか、笑われました。
そして後になって知ることになります。
その卒業論文は、優秀卒業論文の候補として選ばれていたのです。
努力は、ちゃんと見てくれている人がいる。
そう感じた出来事でした。
お金はなくても、一生忘れられない卒業旅行

国立大学には、経済的な理由で進学してきた学生が少なくありません。
私たちも、お金には余裕がありませんでした。
だから卒業旅行は、
レンタカーを1週間借り、
4人で交代しながら運転する旅になりました。
宿泊先は決めません。
高速道路も使いません。
車中泊をしながら、
一般道だけで旅を続けます。
唯一決めていた目的地がありました。
トヨタ自動車の本社工場です。
大学の講義で、
『トヨタ生産方式』(大野耐一著)
経済・経営学部なら必須のバイブルです。ご興味ある方はぜひ読んでみて下さい。
を学んでいたため、一度見てみたかったのです。
それ以外は完全に行き当たりばったり。
今振り返ると、
ホテルに泊まる旅行よりも、
ずっと思い出に残っています。
お金はありませんでした。
でも、最高の仲間と過ごした時間は、何ものにも代えられない宝物になりました。
社会人入試で国立大学へ進学した体験談|25歳で経済学部へ入学するまで
国立大学へ入学して驚いたこと|年齢差よりも、学ぶ意欲の高さだった
25歳で国立大学へ入学したとき、一番気になっていたのは年齢でした。
「18歳ばかりだったら浮いてしまうのではないか。」
そんな不安が少しだけありました。
ですが、その心配はすぐになくなります。
私が入学したのは夜間主コースだったため、学生の年齢層はとても幅広かったのです。
同級生には18歳で進学した人もいれば、社会人経験者、そして50代で会社を経営している方もいました。
高校の定時制と同じように、それぞれ事情を抱えながら学んでいる人ばかりです。
年齢を気にする空気はまったくありませんでした。
それよりも印象的だったのは、社会人入試で入学した人たちの姿勢です。
「今の自分を変えたい。」
「もっと学びたい。」
そんな強い目的意識を持っている人ばかりでした。
私は毎回、一番前の席に座って講義を受けていました。
寝ないようにするためでもありましたが、それ以上に、
「一つでも多く知識を吸収したい。」
という思いがあったからです。
すると、社会人入試で入学した人の多くも、自然と前の席に座っていました。
同じような思いを持った仲間がいたことは、大きな励みになりました。

暗記科目には苦労したが、経営学は本当に面白かった
大学の授業は、高校までとは大きく違いました。
一番苦労したのは英語です。
高校までしっかり勉強してきた学生との差は大きく、暗記中心の科目では苦戦しました。
その一方で、経済学や経営学はとても面白く感じました。
マーケティング。
経営戦略。
組織論。
会計。
高校時代、お弁当屋や食品会社で感じていた疑問が、講義を受けるたびに少しずつつながっていきます。
「なぜ、この商品は売れるのか。」
「企業はどうやって利益を出しているのか。」
現場で経験してきたことを、理論として学べる喜びがありました。
また、中国語を選択した第二外国語や、考える力を求められる講義では、現役生との差をあまり感じませんでした。
知識量では負けても、社会人としての経験が役立つ場面も多かったように思います。
毎週続くレポートとゼミ発表

大学では、とにかくレポートが多くありました。
2,000〜3,000字程度のレポートは珍しくありません。
さらにゼミでは、ビジネス書を読み、内容をまとめてプレゼンを行います。
パソコンも必須でした。
私は高校時代に情報処理の授業でノートパソコンを購入していたため、大きく困ることはありませんでした。
それでも、働きながら課題をこなす毎日は本当に大変でした。
昼は配送の仕事。
夜は大学。
帰宅後は深夜までレポート。
そんな生活が何年も続きます。
休日もほとんどレポート作成で終わりました。
「時間がかかるなら、かければええやん」
大学生活で忘れられない言葉があります。
1年生のゼミ担当だった先生の一言です。
私はレポートを書くのに、とても時間がかかっていました。
同級生が3〜5時間で書き終える内容でも、私は何日もかかります。
休日や夜中を使い、4〜5日かけてようやく完成させることも珍しくありませんでした。
ある日、そのことを先生に相談しました。
すると先生は笑いながら、
「それでええやん。」
「時間がかかるんやったら、かければええ。」
「ちゃんと時間をかけて書いていることは、読めば分かるから。」
そう言ってくださいました。
その言葉を聞いて、とても気持ちが楽になりました。
人より時間がかかってもいい。
自分のペースで積み重ねればいい。
その考え方は、今でも私の支えになっています。
結果として、講義の成績はA評価やB評価がほとんどでした。
褒めて伸ばしてくれた先生との出会い
2年生から担当になったゼミの先生は、東京大学大学院を修了された先生でした。
毎週レポート。
毎週プレゼン。
さらに他の授業の課題もあります。
1か月でビジネス書を4冊読むこともありました。
本当に厳しいゼミでした。
ですが、その先生は決して学生を頭ごなしに否定しません。
良いところを見つけて褒める。
改善点も前向きに伝える。
そんな指導をしてくださいました。
私は昔から、褒められると頑張れるタイプです。
先生のおかげで、「もっと頑張ろう」という気持ちになれました。
大学で学んだのは経営学だけではありません。
人を育てる接し方も、この先生から教わったように思います。
卒業論文は規定の2倍を書いた
3年生からは卒業論文に取り組みました。
テーマは、働いていた配送会社と競合企業との競争優位について。
経営戦略論をベースに分析しました。
参考文献は50冊以上。
最終的な文字数は約4万字。
大学の規定は約2万字だったので、ちょうど2倍です。
仮提出後、先生から呼び出されました。
「内容が悪かったのだろうか。」
そう思いながら研究室へ向かうと、先生は笑顔でこう言いました。
「いろんな卒論を見てきたけど、規定の2倍で提出してきた学生は君が初めてだよ。」
怒られるどころか、驚かれました。
この卒業論文は、その後、優秀卒業論文の候補にも選ばれました。
社会人入試で入学した25歳の学生が、まさかそんな評価をいただけるとは思ってもいませんでした。
卒業旅行も、私たちらしい旅だった
卒業旅行も忘れられない思い出です。
仲の良かった4人でレンタカーを借りました。
決めたことは一つだけ。
最初にトヨタ自動車の本社工場を見学すること。
大学の講義で『トヨタ生産方式』を学び、一度実際に見てみたいと思っていたからです。
それ以外は、すべて行き当たりばったり。
- 高速道路は使わず一般道だけ。
- 夜はレンタカーで寝泊まり。
- 運転は交代制です。
今思えば、かなり無茶な旅でした。
でも、お金はなくても、時間と仲間だけはありました。
笑いの絶えない、最高の卒業旅行でした。
社会人入試で大学進学を目指す方へ伝えたいこと

社会人入試を受けて感じたことがあります。
それは、一般入試だけが大学進学の道ではないということです。
社会人入試では、高校生活で積み重ねてきた努力や、社会人としての経験が評価されます。
私の場合は、
・4年間の学級委員
・サッカー部での活動
・学内上位の成績
・働きながら学び続けた経験
そうした積み重ねが評価につながったのだと思います。
年齢は決してハンデではありませんでした。
むしろ社会人だからこそ語れる経験がありました。
もし今、
「今さら大学なんて遅い。」
そう思っている方がいるなら、私はこう伝えたいです。
遅いかどうかではありません。
学びたいと思ったときが、一番良いタイミングです。
25歳で国立大学へ入学した私が、そのことを身をもって実感しました。
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