「21歳で高校なんて遅い」──そう思っていた私が定時制高校へ進学した理由
- 「社会人になってから高校へ通うのは遅いのではないか」
- 「定時制高校にはどんな人が通っているのだろう」
- 「社会人入試の面接や作文は難しいのだろうか」
私も21歳のとき、まったく同じような不安を抱えていました。
中学卒業後は約2年間引きこもり、その後は個人経営のお弁当屋で4時間だけのアルバイトから社会復帰しました。
詳しくはこちらの記事でも紹介しています。

少しずつ働ける時間が増え、仕事にも慣れてきたものの、「高卒ではない」という引け目は心のどこかに残っていました。
そんなある日、お店の店長が何気なく見せてくれた新聞記事が、私の人生を大きく変えることになります。
そこには、公立定時制高校の社会人入試募集の記事が載っていました。
当時の私は、「人生を変えてやる」という強い決意があったわけではありません。
「受けてみようかな」
そのくらいの軽い気持ちでした。
しかし、その何気ない一歩が、定時制高校での4年間につながり、その後の国立大学への進学、就職、そして現在の人生へと続く、大きな転機になりました。
この記事では、1996年(平成8年)に公立夜間定時制高校の社会人入試を実際に受験した経験をもとに、
- 社会人入試を知ったきっかけ
- 面接や作文試験で実際に聞かれたこと・書いたこと
- 21歳で高校へ入学した本音
- 社会人だからこそ感じたメリットと苦労
- 定時制高校から国立大学へ進学できた理由と、その後の人生の変化
について、実体験を交えながら詳しくお伝えします。
制度の説明だけでは分からない、「実際に社会人入試を受けた人」のリアルな体験として、これから高校進学を考えている方の参考になれば幸いです。
店長が見せてくれた新聞記事が人生の転機になった

社会人入試を知ったのは、お弁当屋で働いていた21歳のときでした。
ある日、店長が新聞を読みながら私に声をかけました。
「高校くらい出ておけ。」
そう言って見せてくれたのが、公立定時制高校の社会人入試募集の記事でした。
さらに店長は、
「勉強から長く離れていても、面接と作文ならどうにかなるだろう。」
と続けました。
その言葉を聞いても、最初から「絶対に受験する」と決めたわけではありません。
「高卒になれたらいいな」
「せっかくだし、受けてみようかな」
その程度の気持ちだったと思います。
社会人入試には、職場の就業証明書と推薦状が必要でした。
私は店長に、
「推薦状を書いていただけますか?」
とお願いしました。
快く引き受けてもらえたことで、翌日には受験することを決めました。
今振り返ると、不思議なくらい自然な流れでした。
このときは、まさか数年後に国立大学へ進学するとは思ってもいませんでした。
「人生を変えたい」という強い覚悟ではなく、「挑戦してみようかな」という軽い一歩。
でも、その一歩が私の人生を大きく変えることになります。
もしあの日、店長が新聞記事を見せてくれなかったら。
もし推薦状を書いてもらう勇気が出なかったら。
私の人生は、まったく違うものになっていたかもしれません。
21歳で高校進学を決意した「3つの理由」

高校へ行こうと思った理由は、「高卒資格が欲しかったから」だけではありません。
当時、お弁当屋で働く時間は4時間から1日勤務へと増え、任される仕事も少しずつ広がっていました。
仕込みだけでなく、
- メニューの考案
- 在庫管理
など、これまで経験したことのない仕事にも携わるようになります。
すると、経理や商品企画といった、いわゆるホワイトカラーの仕事にも興味を持つようになりました。
その頃、大きな変化がありました。
調理師免許の学科試験に挑戦したことです。
子どもの頃から勉強が大嫌いだった私ですが、不思議なことに、このときの勉強はまったく苦になりませんでした。
「仕事で必要だから」という理由もあったと思いますが、それ以上に、「学んだことが仕事に生かせる」という実感があったからです。
勉強が嫌いだった私が、初めて「学ぶことは面白い」と感じた瞬間でした。
この経験が、「もっと勉強したい」「もっと知識を身につけたい」という気持ちにつながっていきます。
そして、そのためには高卒資格が必要だと考えるようになりました。
もちろん、不安もありました。
一番心配だったのは年齢です。
21歳で高校へ通って、10代のクラスメイトの中に溶け込めるのだろうか。
私はもともと内気な性格だったので、その不安はとても大きなものでした。
家族の反応は対照的でした。
父は何も言いませんでした。
一方、母は、
「高校くらいは出ておいたほうがいい。」
と背中を押してくれました。
その一言は、私の背中をそっと支えてくれたように思います。
当時はまだインターネットが今ほど普及していません。
私はタウンページで定時制高校を探し、気になった3校へ電話をかけて、入学案内や願書を郵送してもらいました。
最終的に選んだのは、自宅から一番通いやすい公立夜間定時制高校です。
働きながら4年間通うことを考えると、毎日の通学時間は想像以上に大切です。
華やかな理由ではありませんが、「無理なく通い続けられること」が学校選びで一番重視したポイントでした。
社会人入試で定時制高校を受験した流れ
ここからは、私が1996年(平成8年)に公立夜間定時制高校の社会人入試を受験した流れを、実体験をもとにお伝えします。
現在では募集要項や選考方法が変わっている学校もありますが、「社会人入試はどんな雰囲気なのか」「どのような試験だったのか」を知りたい方の参考になれば幸いです。
願書は郵送で提出。社会人入試ならではの書類も必要だった
当時はまだインターネットが普及しておらず、出願はすべて郵送でした。
学校から取り寄せた願書を、自分で見よう見まねで記入したことを覚えています。
提出した書類は、
- 入学願書
- 受験料
- 職場の就業証明書
- 店長に書いていただいた簡易的な推薦状
などです。
社会人入試だったため、一般入試にはない就業証明書や推薦状が必要でした。
願書は郵送で提出したので、特別緊張した記憶はありません。
それよりも、「本当に自分が高校生になれるのだろうか」という不思議な気持ちの方が強かったように思います。
受験会場の雰囲気|慣れないスーツと「自分だけが社会人」という不安

試験当日は、普段ほとんど着ることのないスーツを着て学校へ向かいました。
それだけで落ち着かず、少し居心地の悪さを感じていました。
社会人入試の受験生は、私ともう一人だけ。
年齢も同じくらいだったと思います。
そのときは話をすることもありませんでしたが、その人とは入学後に親友となり、卒業した今でも交流が続いています。
人生は本当に不思議なものです。
試験当日は緊張していたため、会場の細かな様子はあまり覚えていません。
ただ、「これから本当に高校生になるかもしれない」という期待と不安が入り混じった気持ちだけは、今でもはっきり覚えています。
【作文試験】テーマは「これまでの自分」と「これからの自分」
最初の試験は作文でした。
テーマは正確には覚えていませんが、
「これまでの自分と、これからの自分」
という内容だったと思います。
制限時間は60分。
文字数は800字以内でした。
私は、ほぼ最後まで書き切りました。
作文には、
- 中学卒業後に引きこもっていたこと
- お弁当屋でアルバイトを始めたこと
- 調理師免許を取得したこと
- メニュー作りや在庫管理に興味を持ったこと
- 高卒資格を取得し、もっと学びたいと思ったこと
を、自分の言葉で素直に書きました。
難しかったかと聞かれると、私にとってはむしろ書きやすいテーマでした。
それまでの人生を振り返ると、800字では足りないと思ったほどです。
今振り返ると、文章の上手さよりも、「なぜ高校へ進学したいのか」という思いを、自分の言葉で伝えることが大切だったのではないかと思います。
【面接試験】一番困った質問は「なぜ高校へ進学しなかったのですか」

作文のあと、面接がありました。
面接官は2人。
時間は20分ほどだったと思います。
後になって知りましたが、そのうちの一人は、入学後に私の1年生の担任になる先生でした。
面接は終始穏やかな雰囲気で、圧迫感はまったくありませんでした。
質問された内容は、
- 志望動機
- 現在の仕事
- 働きながら4年間通学できるか
といった内容が中心でした。
社会人入試ということもあり、「仕事と学業を両立する覚悟があるか」は特に確認されていたように感じます。
ただ、一つだけ返答に困った質問がありました。
「中学校を卒業してから、なぜ高校へ進学しなかったのですか。」
私にとって、一番触れられたくない過去でした。
当時はまだ、引きこもっていた時期を人に説明できるほど、自分の気持ちを整理できていませんでした。
緊張もあり、とっさに口から出た言葉は、
「ビールの泡がないような状態です。」
でした。
今思い返しても、「何を言っているんだろう」と苦笑してしまいます。
おそらく当時の私は、「中身が空っぽで、自分でもどう説明したらいいか分からない状態だった」と伝えたかったのだと思います。
それでも先生方は、その言葉を否定することなく、最後まで静かに耳を傾けてくださいました。
この経験から感じたのは、社会人入試の面接では、完璧な受け答えをすることよりも、「これから頑張りたい」という気持ちを、自分の言葉で伝えることの方が大切だということです。
合格発表|感動よりも「これからやっていけるだろうか」という不安
合格発表は、学校へ見に行くのではなく、自宅に郵送で通知が届きました。
封筒を開けると、そこには「合格」の文字がありました。
もちろん、うれしくなかったわけではありません。
ただ、その瞬間に一番強く感じたのは、
「本当に4年間通い続けられるだろうか。」
という不安でした。
働きながら夜間高校へ通う生活が始まります。
- 勉強についていけるだろうか。
- 10代のクラスメイトと馴染めるだろうか。
- 仕事と学業を両立できるだろうか。
期待よりも、不安の方がずっと大きかったことを覚えています。
最初に合格を伝えたのは家族でした。
母は、自分のことのように喜んでくれました。
「高校くらいは出ておいたほうがいい。」
あの日、背中を押してくれた母の言葉は、今でも私の心に残っています。
そして、このときはまだ知る由もありませんでした。
この定時制高校での4年間が、国立大学への進学、そしてその後の人生へとつながる大きな転機になることを。
21歳で定時制高校へ入学して感じたこと
合格通知を受け取り、不安を抱えたまま迎えた入学式。
「21歳で高校へ通って、本当に大丈夫だろうか。」
その気持ちは、入学式の日も変わりませんでした。
ですが、その不安は思っていたよりも早く消えていきます。
入学式で年齢差を感じることはほとんどなかった
入学式には、10代の現役生がほとんどでした。
20代は私を含めて3人ほど。
当然、「一番年上だから浮いてしまうのでは」と思っていました。
ところが、実際には年齢を意識する場面はほとんどありませんでした。
自己紹介もなく、高校生活は自然に始まります。
もちろん、
「○○さんって21歳なんですか?」
と驚かれることはありました。
でも、嫌な雰囲気ではありません。
むしろ、「少し年上のお兄さん」というような感覚で接してもらっていたように思います。
年齢差を心配していた私は、少し拍子抜けしました。
定時制高校には、本当にさまざまな人が集まっていた

定時制高校には、本当にいろいろな人が通っていました。
私のクラスだけでも、
- 経済的な理由で昼間働きながら通う現役生
- 保健室登校を経験した人
- 元暴走族だった人
- 私のような社会人
がいました。
さらに他の学年には、
- 40代の男性(元引きこもりだという話を耳にしたことがありました)
- 20代の女性(夜の仕事をしていると噂されていました)
- 62歳で定年退職後、「生涯学習」として入学された男性
など、本当に幅広い年代・経歴の人たちが学んでいました。
年齢も、これまで歩んできた人生もまったく違います。
普通の全日制高校では、まず出会うことのない人たちばかりです。
だからといって、教室の雰囲気が特別だったわけではありません。
お互いの過去を必要以上に詮索する人はいませんでした。
それぞれ事情を抱えて入学してきたからこそ、自然と相手を受け入れる空気があったのだと思います。
私は定時制高校で、「人は年齢や過去ではなく、今の姿で見てもらえる」ということを初めて実感しました。
教室では、みんな「普通の高校生」だった
定時制高校というと、「少し特殊な学校」というイメージを持つ人もいるかもしれません。
でも、実際に通ってみると、教室の中はごく普通の高校生活でした。
毎週放送されていたアニメの翌日になると、
「昨日の『名探偵コナン』見た?」
そんな会話が教室のあちこちで聞こえてきます。

特に印象に残っているのが、元暴走族だった同級生と、保健室登校を経験していた同級生が、コナンの話で盛り上がっていたことです。
漫画を貸し借りしながら笑い合う姿を見て、
「みんな、ごく普通の高校生なんだな。」
と感じました。
入学前は、「定時制高校にはどんな人がいるのだろう」と少し身構えていました。
でも実際には、好きなアニメの話をしたり、漫画を貸し借りしたりする、ごく普通の教室でした。
過去や肩書きではなく、一人の高校生として笑い合っている姿が、とても印象に残っています。
授業を抜け出してコンビニへ行ったことも、今では大切な思い出

もちろん、毎日が真面目だったわけではありません。
私を含め何人かで授業を抜け出し、近くのコンビニへ行ったこともありました。
お菓子やアイスを買って食べたり、冬には肉まんを頬張ったり。
今思えば、決して褒められる行動ではありません。
先生方にはご迷惑をおかけしたと思います。
それでも、この何気ない時間は私にとって忘れられない思い出です。
中学時代は引きこもっていたため、「友達と学校帰りに寄り道をする」という、ごく普通の高校生なら当たり前に経験する青春がありませんでした。
21歳になって初めて、その時間を過ごすことができたのです。
少し遅れてやってきた青春でしたが、私にとっては何ものにも代えがたい時間でした。
勉強についていけたのは、中学校の復習をしていたから
結論から言うと、入学前に中学校の復習をしていたことが一番大きかったです。
勉強についていけるかどうかも、大きな不安でした。
しかし、実際の授業は中学校の復習から始まりました。
アルファベットを書く練習から始める人。
分数の計算で苦労する人。
学力にも大きな幅がありました。

私は合格が決まってから、中学校5教科の総まとめの参考書と問題集を購入し、少しずつ勉強を始めました。
入学までに基礎を復習し、1年生のうちには一通り終えることができました。
そのおかげで、授業についていくことができたと思っています。
このときは、まさか数年後に国立大学へ進学するとは思ってもいませんでした。
ほんの少し準備しておくだけでも、入学後の安心感は大きく変わります。
社会人だったからこそ任せてもらえたこともあった
私はクラスで一番年上でした。
そのためか、4年間ずっと学級委員を務めることになりました。
当時は、
「どうして毎年自分なんだろう。」
と思っていました。
しかし、クラスをまとめたり、先生と生徒の間に立って調整したりする経験を重ねるうちに、責任感や人との接し方を学ぶことができました。
そして、この4年間の学級委員としての活動は、のちに大学の推薦入試を受ける際、自分を支えてくれる大きな実績にもなりました。
また、教科書が貸与だったことも、働きながら通う私にとっては大きな助けでした。
社会人という立場は、不安ばかりではありません。
仕事で培った責任感や継続する力は、学校生活でも確かな強みになります。
振り返ってみると、「社会人だから不利だったこと」よりも、「社会人だったからこそ得られたもの」の方が、ずっと多かったように感じています。
働きながら定時制高校へ通う毎日は、想像以上に大変だった
高校生活は楽しいことばかりではありませんでした。
むしろ、毎日が時間との戦いでした。
高校へ入学するタイミングで、私はお弁当屋を辞め、お弁当屋へ食材を卸していた食品会社へ転職しました。
きっかけをつくってくれたのは、お弁当屋の店長です。
「学校へ通うなら、この会社の方が続けやすい。」
そう考えた店長が、食品会社を紹介し、口利きまでしてくださいました。

転職を決めた理由は明確でした。
お弁当屋は20時頃まで仕事があり、夜間定時制高校へ通うことができません。
一方、食品会社は17時頃に仕事が終わります。
さらに時給は1,000円。当時としては高く、学費を払いながら学校へ通うことも可能でした。
私一人では、この環境は手に入れられなかったと思います。
今でも店長には感謝しています。

配属先は、マイナス20℃の冷凍庫。
冷凍食品の入出庫を行う肉体労働です。
寒さも厳しく、体力も必要でした。
離職率の高い職場でしたが、私は4年間働き続けました。
続けるうちにリーダーのような役割を任され、高校卒業後には正社員として働かないかという話までいただきました。
しかも配属先は、私が以前から興味を持っていた商品企画部です。
さらに、大学進学を希望した際には推薦状まで書いてくださいました。
大学へ進学するか、そのまま就職するか。
本当に最後まで迷ったことを覚えています。
朝6時に起き、仕事・学校・部活・宿題の毎日
当時の生活は、今思い返してもかなりハードでした。
平日は、
- 朝6時に起床
- 食品会社で仕事
- 夜は定時制高校へ通学
- 放課後はサッカー部の練習
- 帰宅後に宿題
という毎日です。
眠るのは深夜0時から1時頃。
翌朝にはまた仕事へ向かいます。
今の私なら、とても続けられないかもしれません。
それでも当時は、不思議と「つらい」とは思いませんでした。
忙しくても、自分が昨日より前へ進んでいる実感があったからです。
引きこもっていた頃には、想像すらできなかった毎日でした。
補欠だった私が、4年間サッカー部のレギュラーになれた

高校生活で一番うれしかったこと。
それは、サッカー部で4年間レギュラーとしてプレーできたことです。
私は小学校、中学校とサッカーを続けていましたが、ずっと補欠でした。
試合に出場する機会は、ほとんどありませんでした。
ところが定時制高校では、部員が10人ほどだったこともあり、1年生からレギュラーとして試合に出場することができました。
結果は、
- 準優勝2回
- 第3位1回
- 第4位1回
全国大会まであと一歩という悔しい経験も2度あります。
それでも、補欠だった私が4年間ピッチに立ち続けられたことは、何ものにも代えられない財産です。
高校卒業後も社会人チームでサッカーを続け、コロナ禍でチームが解散するまでプレーしていました。
現在も60歳以上が参加できるシニアリーグを目標に、週に2〜3回ジョギングをしたり、公営体育館で体を動かしたりしています。
21歳で定時制高校へ入学していなければ、この景色を見ることはなかったでしょう。
定時制高校で得たのは、高卒資格だけではなかった
定時制高校へ進学して得たものは、高卒資格だけではありません。
今でも付き合いが続く親友。
4年間やり抜いた自信。
学級委員として培った責任感。
働きながら学び続ける習慣。
そして、「もっと学びたい」という気持ちです。
その積み重ねが、社会人入試で国立大学へ進学する土台になりました。
もし、高校へ進学していなかったら。
調理師として働いていたかもしれません。
あるいは、再び引きこもっていたかもしれません。
未来は誰にも分かりません。
それでも一つだけ確かなのは、21歳のあの日、定時制高校を受験すると決めたことで、私の人生は大きく変わったということです。
社会人から高校進学を迷っている方へ伝えたいこと
「今さら高校へ行っても遅い。」
そう思っている方もいるでしょう。
私も21歳のとき、同じことを考えていました。
ですが、実際に入学してみると、年齢を理由に居場所がなくなることはありませんでした。
定時制高校には、
働きながら通う人。
経済的な理由で昼間働く現役生。
不登校や保健室登校を経験した人。
そして社会人。
年齢も経歴も違うからこそ、お互いを自然に受け入れる空気があります。
もちろん、仕事と学業を両立するのは簡単ではありません。
さらに部活動や学級委員、生徒会活動まで取り組めば、毎日は本当に忙しくなります。
ですが、その経験は決して無駄にはなりません。
私は高校生活で積み重ねた経験を評価していただき、その後、国立大学1校、私立大学2校(特待生)を社会人入試・推薦入試で受験し、すべて合格することができました。
高校生活で努力を積み重ねることが、その先の進学や人生の選択肢を大きく広げてくれます。
強い決意よりも、小さな一歩が人生を変える
振り返ると、私が定時制高校を受験したきっかけは、とても小さなものでした。
店長が新聞記事を見せてくれたこと。
そして、あの何気ない一言が、私の人生の分岐点になりました。
受験を決めたときも、「人生を変えてやる」という強い決意があったわけではありません。
「受けてみようかな。」
本当に、その程度の気持ちでした。
それでも、その一歩が人生を大きく変えました。
定時制高校で学び、仲間と出会い、サッカーに打ち込み、国立大学へ進学し、今の人生へとつながっています。
もし今、社会人になってから高校進学を迷っているなら、「遅いかどうか」で判断する必要はありません。
「挑戦してみたい。」
その気持ちが少しでもあるなら、一歩踏み出してみてください。

未来がどう変わるかは、誰にも分かりません。
ですが、一歩踏み出さなければ、未来は今のままです。
21歳だった私は、「なんとなく」という気持ちで受験しました。
その何気ない挑戦が、人生の景色を大きく変えてくれました。
あの店長との出会いがなければ、今の私はありません。
次に人生を変える小さな一歩を踏み出すのは、この記事を読んでいるあなたかもしれません。
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