ロッキード事件は、「海外メーカーの賄賂マネーが、日本の選挙と政策を動かしていた」ことがハッキリ可視化された事件です。ここではざっくり5分で要点を押さえられる形に整理します。
30秒で分かるロッキード事件
・米ロッキード社が航空機売却のため賄賂
・商社やフィクサー経由で政治家へ
・田中角栄が5億円受領で有罪
・50年後、選挙資金への配布リストが判明
ロッキード事件を一言でいうと
ロッキード事件を一言でいえば、アメリカの航空機メーカー・ロッキード社が、日本の政治家や官僚に巨額の賄賂をばらまき、旅客機の採用・発注を有利に進めようとした汚職事件です。
1976年にアメリカ議会の公聴会で暴かれ、日本では元首相・田中角栄が逮捕・起訴される「戦後最大の疑獄」となりました。

何が問題だったのか(賄賂の仕組み)
ロッキード事件のキモは、「お金の流れが二重構造になっていた」ことです。
ロッキード社(米国)
↓ 販売促進費(ドル建て)
丸紅(商社)
↓ コミッション受領
↓ 円に換金(5億円)
↓ 現金手渡し
榎本敏夫(田中秘書官)
↓
政治家・候補者(選挙資金として配布)
- 海外パート
- ロッキード社が、L‐1011トライスター機の売り込みのために「販売促進費」「コンサルタント料」「リベート」名目で巨額のドル建て資金を計上。
- これを日本側の商社(丸紅)やフィクサー(児玉誉士夫)、航空会社(全日空)との契約・コミッションとして支払う形にしていました。
- 国内パート
- 受け取った日本側は、その資金を日本円の現金に変え、政治家・官僚へ「政治活動費」「選挙資金」として手渡し。
- 最終段階は銀行振込ではなく、封筒やカバンに詰めた現金を秘書やブローカーが運ぶという、典型的な裏金ルートでした。
この構造によって、「企業の販売促進費」と「政治家への賄賂」が混ざり合い、足がつきにくい仕組みになっていたことが最大の問題でした。
田中角栄と5億円の関係

- 5億円の出どころ
- ロッキード社が日本向け販売促進費として用意した資金の一部が、商社・丸紅とのコミッションに紛れ込み、その原資から日本円5億円が工面されたと認定されています。
- 丸紅の幹部が社内資金などで5億円を現金化し、田中側に渡す準備をしました。
- 受け渡しの流れ(ざっくり図解)
- ロッキード社(ドルの販売促進費)
→ 丸紅(ドルのコミッション受領)
→ 丸紅が国内で5億円を円現金化
→ 丸紅幹部が田中秘書・榎本敏夫らに複数回に分けて現金手渡し
→ 田中角栄が政治資金として受領したと司法判断
- ロッキード社(ドルの販売促進費)
- 裁判での位置づけ
- 検察と裁判所は、この5億円を「ロッキード機導入に関する影響力行使の見返り」と位置づけ、受託収賄と外為法違反で田中に有罪判決を下しました。
- 田中本人は一貫して否認しましたが、一審・二審とも実刑、最高裁係属中に病死し、有罪判決が確定的な評価として残っています。
【参考】当時の賄賂金額を現在価値に換算すると
1974年当時の5億円は、現在の物価水準で換算すると 約20億〜25億円相当と推定されます。
これは、国政選挙で複数の候補者に一律2000万円ずつ配布できる規模であり、 「選挙を買収するには十分な金額」だったことがわかります。
※参考:1974年の消費者物価指数(CPI)と2026年のCPIを比較した推定値。正確な換算には経済指標の補正が必要ですが、概算としては妥当です。
【最新】50年後に判明した「賄賂の使い道」
ここからが、今回の新資料の一番ホットなポイントです。

【資金配布対象:参院選候補者26人】
┌───────────────┐
│ 自民党内の主要派閥 │
├───────────────┤
│ 福田派(5人) │
│ 三木派(3人) │
│ 中曽根派・船田派など │
│ 田中派(1人) │
└───────────────┘
→ 一律2000万円ずつ配布
→ 田中派以外にも広く資金が流れていた
→ 派閥を超えた選挙支援の構図
榎本敏夫元秘書官の「使途リスト」とは
発覚から50年のタイミングで、毎日新聞が田中の元秘書官・榎本敏夫が作成した「5億円の使途リスト」を入手したと報じています。
- リストの中身(概要)
- B4判1枚の一覧表で、タイトルは「49・7・7参院選及び49・4・21参院補選に際しての政治活動費届け先等一覧表」。
- 1974年の参院選(7月)・補選(4月)で「候補者ごとにいつ・どこで・いくら渡したか」が、実名入りでまとめられていました。
- 金額と人数
- 参院選の候補者27人のうち、記載のある26人に一律2000万円を配布(1人は「派閥が違うのでと断られた」と備考に記載)。
- 参院補選分も1人について「2000万円だったと思うが不明確」と書かれています。
- 派閥の顔ぶれ
- 26人を派閥別に見ると、田中派は1人だけ。
- 宿敵とされた福田赳夫の福田派が5人、三木武夫派が3人、中曽根派や船田派など、田中以外の派閥にも幅広く配られていたことがうかがえます。
- 後に田中を擁護した秦野章元法相や、公判でアリバイを主張した山崎竜男元環境庁長官の名前も入っていたとされています。
榎本供述が示す「使い道」の実像
榎本敏夫の供述調書(こちらも公判には出ていなかったとされる)からは、5億円のイメージがかなりクリアになります。
- 5億円はどこへ消えたのか
- 榎本は、丸紅から受け取った5億円について「主として昭和49年の七夕参院選に当たって候補者に配られた政治活動資金として消えてしまったのではないか」と供述。
- 田中の指示で、自分が現金を渡した候補者を一覧表にまとめ、「記憶に不確かな部分はあえて記載していない」とも述べています。
- 「田中派だけのカネ」ではなかった
- 榎本は、田中が自派にも別口で巨額の資金を投じていたことを示唆し、「丸紅の5億円はミックスされて消えてしまったのではないか」と説明。
- つまり、丸紅の5億円は「田中派のための専用資金」というより、「自民党内の複数派閥をまたいで選挙をコントロールするための一部」として使われた可能性が高い構図が見えてきます。
この新資料は、「賄賂の使い道=参院選を横断する広範な買収的政治活動費」という生々しい内訳を初めて具体的なリストとして示した点で、ロッキード事件の理解を一段階アップデートするものといえます。
ロッキード事件が日本に残した影響
ロッキード事件は、日本の政治とお金の関係に長期的な傷跡と変化を残しました。
- 政治不信の爆発
- 現職(退任直後)の首相クラスが賄賂で逮捕されるという衝撃は、「政治家は裏で必ず金を受け取っているのでは」という疑念を国民レベルで固定化しました。
- 「金権政治」という言葉が一般化し、政治家の倫理観への不信が長く尾を引くことになります。
- 制度面の変化
- 事件を機に、日本では政治資金規正・企業献金のあり方が主要テーマとなり、政治資金収支報告書など、形式的な透明性を高める仕組みが整備されていきました。
- 一方で、「抜け道を探す政治」と「追いかける検察・メディア」という構図も定着し、その後もリクルート事件など似た構造の疑獄が繰り返されることになります。
- 国際的なインパクト
- ロッキード事件は各国で問題となり、アメリカでは海外贈賄を禁じる法制度(FCPA=海外腐敗行為防止法)につながりました。
- 「海外で賄賂をばらまくのは当たり前」というビジネス慣行に国際社会がブレーキをかける起点にもなっています。
まとめ(なぜ今も語られるのか)
ロッキード事件が50年経っても語られ続ける理由は、大きく3つあります。
- スケール感
- 元首相・大商社・大手航空会社・フィクサー・米議会まで巻き込んだ、「戦後政治・経済・国際関係」のフルセットが絡んだ事件だったからです。
- 構図が「今も通用する」
- 海外マネー → 商社・企業 → フィクサー → 政治家・官僚 → 政策・選挙という構図は、形を変えつつ今も繰り返される汚職のテンプレートになっています。
- 新資料がまだ出てくる
- 今回のように、発覚から50年経っても「5億円の使い道リスト」のような新たな資料が見つかり、事件像が更新され続けているからです。
- 歴史の「答え合わせ」が完全には終わっておらず、ロッキード事件は今なお“進行形の教材”として扱われています。
「ロッキード事件って結局なにが問題だったの?」を一言でまとめるなら、企業の金と政治の権力が結びつき、選挙と政策が“金の力”でねじ曲げられた、その構造を白日の下にさらした事件だと言えます。
今回の5億円「使途リスト」は、その構造をより具体的な金額と名前で示した“生の証拠”として、今後も政治とカネを語るうえで重要な素材になっていくはずです。
今の政治資金問題と、何が同じで何が違うのか
ロッキード事件と、現在も繰り返し問題になる政治資金問題には、共通点と決定的な違いがあります。
【ロッキード事件(1970年代)】
海外企業(ロッキード社)
↓ 賄賂・販売促進費(ドル)
商社・フィクサー(丸紅・児玉)
↓ 円現金化
政治家・秘書
↓
選挙・政策決定
※ 現金手渡し/裏ルート中心
【現在の政治資金問題(イメージ)】
企業・団体・個人
↓ 献金・パーティー券
政治団体・派閥
↓ 記載・処理の工夫
政治家
↓
選挙・政策決定
※ 制度内だが不透明な流れ
共通しているのは構図です。
企業や団体の資金が、政治家や派閥、選挙活動に流れ込み、政策判断や選挙のあり方に影響を与えるという点は、今も昔も変わっていません。
「表向きは合法・名目は別」「実態は政治への影響力行使」というグレーゾーンが温床になっている点も共通しています。

一方で、大きく違うのは“やり方”です。
ロッキード事件では、スーツケースや封筒で現金が手渡しされる、極めて原始的で露骨な賄賂が中心でした。
現在は、政治資金パーティー、団体献金、収支報告書の記載方法など、制度の隙間を使った「合法と違法の境界線」が主な舞台になっています。
つまりロッキード事件は、
「政治とカネが真正面から結びついていた時代」を象徴する事件であり、
現代の政治資金問題は、
「制度化された抜け道の中で同じ構図が形を変えて続いている状態」だと言えます。
ロッキード事件を振り返ることは、単なる昔話ではなく、
今の政治資金問題を読み解くための原型を知ることでもあるのです。
よくある質問(FAQ)
Q1. ロッキード事件で田中角栄は本当に有罪だったの?
A. 裁判では一審・二審とも有罪判決が出され、事実上「有罪評価」が確定しています。ただし田中本人は一貫して否認し、最高裁判決前に病死しました。
Q2. 5億円は田中角栄の私腹になったの?
A. 新資料や秘書官の供述からは、5億円の多くが1974年の参院選で複数派閥の候補者に配布された政治活動資金だった可能性が高いと見られています。
Q3. なぜ他の政治家は処罰されなかったの?
A. 資金の受領を立証する証拠が乏しく、刑事責任を問うハードルが高かったためです。結果として田中個人に責任が集中しました。
Q4. 今の政治資金問題と同じなの?
A. 構図は似ていますが、現在は制度の中で行われるケースが多く、露骨な現金授受は減っています。ただし「影響力行使」という本質は共通しています。

